渋野日向子選手は現在、青木翔コーチに師事しています。青木コーチのモットーは「教えすぎず生徒の自主性を尊重し、考える力を育む」。そのモットーについて説いた初の著書「打ち方は教えない。」が今年発売されました。
青木コーチは渋野選手を2017年に初めてプロテストを受験して不合格となった後から指導しており、今では強い信頼関係で結ばれています。青木コーチのレッスン拠点は兵庫県にあるゴルフ場で、渋野選手は地元の岡山から兵庫県のゴルフ場まで通い、指導を受けているようです。今季は新型コロナウィルスの影響で十分に指導は受けられていないかもしれませんが、2月には他の青木門下生らと一緒に海外に合宿したことがインスタグラムに投稿されていました。
今年も日本ツアーでの活躍が期待され、来季は予選会から米ツアーに挑戦するプランが既定路線の渋野選手を指導している青木コーチ初の著書「打ち方は教えない」は渋野選手との出会いから青木流指導法まで幅広く書かれています。
渋野日向子選手との出会い
まず、渋野選手との出会いから全英女子オープンに勝つまでの道のりが書かれています。
不合格だったプロテストの直後にピンのアマチュア担当の方から、一度見てもらいたい選手がいる、と言われて渋野選手と一緒にコースラウンドした時の渋野選手の印象や、感じたスケールの大きさについて述べています。
このはじめてのコースラウンドから数週間後、
報告があります。青木さん、あなたは私のコーチです。
という渋野選手から電話連絡があったそうです。
渋野選手の目標達成に向けての取り組み
しぶことは、「出場権があるステップ・アップ・ツアーで、1000万円の賞金を獲得する」「プロテストに合格する」という2つの目標を立てました。
この目標に向けて渋野選手は、兵庫県のゴルフ場に週2回ほど通ったそうです。そのゴルフ場でやることといえば、ほとんどが基礎固めのアプローチ練習だったようですが(今も変わらないようですが)、ひたすらこの地味で面白みのない練習を一切の手抜きなく反復し続けたようです。1年で7~8本のウェッジの溝をつぶすぐらいのペースで練習量をこなしたのは有名な話です(今年初旬のオフは1か月でウェッジ4本の溝をつぶしたようです)。
結果2018年はプロテストに合格。ステップ・アップ・ツアーの獲得賞金は700万円余りで目標には達しませんでしたが、確かな成長を実感できた1年となりました。
運命の12番ホール
2019年の課題は毎週試合がある中でのコンディション調整や、リズムの作り方を学ぶ1年と位置付けていました。だからシーズン開幕戦前にしぶこと立てた目標も「賞金ランク50位以内で、来シーズンのシード権を獲ること」だったのです。
2019年は良い方に想定外のことが多くありました。当事者に限らず、2019年のあれだけの渋野選手の躍進を想像できた人は少なかったでしょう。
その2019年の渋野選手を象徴するのが全英女子オープン最終日の12番ホールのティーショットです。このホールは1オンが狙える短いミドルホールですが、グリーンを池が囲んでおり、ほとんどの選手はティーショットはアイアンんなどで刻んで2打目勝負を選択します。しかし、渋野選手が選択したのは1オン狙い。ドライバーを手にします。
全英女子オープンに帯同キャディとしてタッグを組んでいた青木コーチは、
全英女子オープンの時は、しぶこの判断をそばで応援していただけ。
というスタンス通り、渋野選手が「ドライバーでいきたい」と言った時に、
じゃあ、いけ。
と返したそうです。
キャディによっては、もしくはコーチによっては、こういうシーンでは「ここは安全に刻もう」と、短い番手をすすめる場合もあるでしょう。しかし、青木コーチは渋野選手の選択を迷うことなく支持しました。
結果、あと1ヤードキャリーが出ていなければ池、というショットでしたが、池を越えてグリーン右サイドにナイスオン。青木コーチが少しでも迷いを見せていたら、渋野選手の振り抜きに影響して、池を越えられずに優勝争いから脱落していたかもしれません。
青木流 コーチング
著書の中で何度も出てくるのが「コーチング」というワードです。「ティーチング」ではなく「コーチング」を大事にしていることを何度も述べています。答えを知っていても、あえて言わずに選手に気づかせる工夫をするそうです。その為には失敗も歓迎し、それを成長のエネルギーに変える努力が大事だと述べています。ただ、その失敗は全力ですることが条件だとも。
「①課題を見つける→②考える→③答えを出す→④やってみる」の自立サイクルができてくれば、コーチがサポートする場面は徐々に減ってきます。
コーチがそばにいないと発揮できない能力は習得しているとはいえません。
確かにそうですね。指導者が「こうやって打とう」と言って、選手が言われた通り打って、ショットが良くなっても、それが上達したことになるかといえばそうではありませんから。
僕はプロを目指す選手に、常々「ザルに引っかかるような石を目指して」と伝えています。プロテストとは、目の粗いザルで石をふるいにかけているようなものです。残るのは大きな石。そしてもう1つはいびつな形の石です。丸くてこぎれいな石は、よほど大きくないと粗い目には引っかかりません。形がいびつというのは、尖った長所があるということです。
なるほど。型にはめない指導法を実践しているコーチらしい言葉ですね。
僕は気になっている選手がいるとしたら、その子ともう1人、仲のいい子を誘って3人で出かけます。
レストランにテーブルについたら、僕は距離を縮めたいと思っている子の隣に座るようにしています。対面に座ると力関係の優劣を意識しがちですが、隣に座ることで暗に対等な関係だということを示せて、フラットに話をすることができるのです。
心理学の世界に入ってきているような感じですね。担当している選手とのコミュニケーションを大事にしているのだろうなと感心してしまいます。それも、相手のふところに入り込んでいくのではなく、人それぞれの適した距離感をさぐりながら近づいたり遠ざかったりしながら、関係性を築いていっているのだな感じる解説です。ちなみに、主にゴルフ以外の話をすることが多いそうです。
そうやって技術指導だけでなく、信頼関係を築くことに重きを置いているからこそ、ピンの担当者が渋野選手と青木コーチが出会うきっかけを作ったのでしょうね。
世界を獲った練習法
渋野選手に限らず青木門下生の鉄板練習法の紹介が著書の中で紹介されています。先述したアプローチでは腹筋を使ってクラブを振ることの重要性を説いています。キャリーで10ヤード打つ練習がレッスンの9割を占め、両手で打つだけでなく片手でも打ちます。短い距離や、片手打ちはプロや上級者ほど多く取り入れている練習法ですね。クロスハンド(左右逆手)で打つドリルも渋野選手も取り入れていたようです。
そして、知っている人も多いでしょう。パッティング練習法です。それは2種類あります。1つは「1m~5m連続カップイン練習」(下記図A)と呼ばれているものです。同じ方向から1mから順に1m間隔で1~5mまで5球連続でカップインさせる練習法で、途中で外れてしまったら1mからやり直します。
もう1つが「7/9カップイン練習」(下記図B)と呼ばれているものです。1mから5mまで50cm間隔で同心円状に9つの目印を作り、9回のパッティングのうち7回カップインできればクリアです。
全英女子オープン優勝時だけでなく、2019年日本女子ツアーで年間のバーディ率が4.000で1位になった原動力がパッティングです。バーディ率4.0超えは驚異的です。
渋野日向子は日没まで練習「腹が減っちまったよ~」(日刊スポーツ)
選手との接し方についてに重点が置かれている本
この「打ち方は教えない。」は、担当している選手(レッスン生)との接し方について、青木コーチが試行錯誤してきていきついたものを説いています。これまでに多くあった打ち方を説いた技術指導書とは別物の内容となっています。「渋野選手はこうやってプロゴルファーとして成長してきたのだな」「青木コーチはこういう考え方で選手と接しているのだな」ということが分かる本です。本のタイトル通り、打ち方に関するものはありません。スイング理論的なものを求めている方は、読む必要がありません。
ジュニアゴルファーに関わる人には特におすすめの本です。上達するとは何か、上達のためにはどういったプロセスが必要か、について考えさせられる内容です。
【Chapter1】「コーチングの申し子」渋野日向子
- プロテストに落ちた選手がメジャーチャンピオンに
- 「下手」だけど結果を出せる選手
- 「青木さん、あなたは私のコーチです」
- 運命の12番ホール「じゃあ、いけ!」
【Chapter2】答えを教えない「コーチング」とは
- コーチの役割は気づかせること
- 気づかせる「コーチング」と教える「ティーチング」
- 「コーチング」は「メンタル」だけを教えるものではない
- 僕が「コーチング」に行きついた理由
【Chapter3】「考える力」が上達を生む
- ”越境通学”する子は成長が早い
- 頭を使えば同じ練習でも10倍の効果がある
- 放っておいても上手くなる「自立選手」の育て方
- 選手が自立するほどコーチの役割は減っていく
- 僕があえて計測機器を使わない理由
- コーチとして目指すのは「自走人生」を歩んでもらうこと
【コラム】目標は内容よりも、設定方法が大事
【Chapter4】「失敗」することの重要性
- 人は答えではなく失敗によって成長する
- 失敗すると分かっていても笑顔で送り出す
- 失敗するときは豪快に大ゴケしたほうが学びは大きい
- コーチに必要な我慢をする能力
【Chapter5】教えることと教えないこと
- まず教えるのはプレーする楽しさ
- 考えても気づかないことは丁寧に教える
- 具体的な動かし方は教えない
- 能力がグンと伸びる覚醒の起こし方
- しぶこが1年中基礎練習をやり続ける理由
【Chapter6】世界を獲った練習法を大公開
- すべての基本 10ヤードアプローチ
- 全ショットに役立つ 片手打ち
- しぶこを覚醒させた クロスハンドドリル
- 死ぬまで使える グリップの作り方
- 自信みなぎる パッティングアドレス
- タッチを養う テークバックなしストローク
- しぶこが日暮れまで行う パッティングドリル
【Chapter8】今日からすぐに使えるコーチと選手の実践コミュニケーション
- 考えや思いを言葉に出してみる
- 青木流 信頼関係の作り方
- 距離を縮めるちょっとしたテクニック
- 子どもの気づきを生む「でも」の魔力
- 「褒める」の上手な使い方
- さまざまなコミュニケーションの取り方
- 相手はすぐに変わらない 変えられるのは自分だけ
【コラム】特別対談 吉井理人×青木翔
打ち方は教えない。
参考価格:1,320円(税込)