とても考えさせられる良い本のご紹介です。「賢いスポーツ少年を育てる」というタイトルで、著者は永井洋一氏です。刊行されたのが2010年8月20日ですので、古めの本、といえると思いますが、「グッドゴルファー」を育てることを考えた場合、とても共感できる提言が随所にありました。著者の永井洋一氏の専門分野はサッカーで、サッカー少年やその指導者、親、まわりの大人たちのあるべき姿について、自身の経験だけでなく、各スポーツの専門家の意見も交えて述べています。
この本のキーワードとなるのは「考える」「判断する」という言葉です。「人に指示された事に盲目的に従うのではなく、自分自身で考え、判断する力を養う事が、ジュニア期には重要であるにも関わらず、スポーツ界のジュニア期の指導ではそれが不足している」と永井氏は述べています。
それもあってか、各競技でジュニア世代で世界の舞台で好成績を挙げるジュニアアスリートは多くいますが、世界のトップを舞台にした時弱さを露呈する事が多い日本のスポーツ選手を見て、「目先の成績や勝敗ばかりが優先され、大事なそのスポーツの基礎力やスポーツマンとしてのたくましさが育たず、ジュニア期限定の天才ばかりが育つ風潮に日本がなっている」と述べています。「それが特に世界の舞台でここ一番で弱さが露呈してしまう現状に繋がっている」と。
本の中ではゴルフの事は一切触れられていないものの、ゴルフでも同様に、世界ジュニアゴルフ選手権を制する選手が出るものの、プロゴルファーとして世界で活躍するところまではいっていないところからしても、ジュニア期限定の天才が育つ風潮にあるといってもいいでしょう。過去の、元メジャーリーガー長谷川滋利氏の記事にも繋がる内容になっています。下記関連記事をご一読ください。
「ジュニアの試合総なめ」でも最強プロゴルファーには繋がらない?
永井洋一氏
1955年生まれ。成城大学文芸学部マスコミュニケーション学科卒業。大学在学中から地域に根ざしたサッカークラブの創設・育成に関わり、その実績をかわれて日産FC(現横浜Fマリノス)の下部組織創設に参画。現在もNPO港北FC(横浜市)の理事長として組織運営・育成指導に尽力する。88年から現場の経験を生かしてジャーナリスト活動を開始。サッカーの他、コーチング、トレーニング、スポーツ医学、教育などの分野で幅広く取材・執筆、講演活動を展開する。英国のサッカー風土にも造詣が深く、CS放送イングランド・プレミアリーグの解説者としても活躍中。ブログ「永井洋一のフットボールスピリット」も好評。著書に『絶対サッカー主義宣言』『日本代表論』『ゴールのための論理』『(以上、双葉社)、『スポーツは「良い子」を育てるか』(日本放送出版協会)、『少年スポーツ、ダメな指導者バカな親』(合同出版)など。
※『賢いスポーツ少年を育てる』著者略歴より
スコア(勝利)至上主義
ゴルフ界では、ジュニアゴルファーのスコア至上主義が問題になっています。ジュニア世代から「スコアがすべて」という考えに陥り、育むことができるはずの健康的な精神が育たないのです。なぜそうなるのか。それは「親や指導者の導き」によるところが大きいようです。露骨に「スコアがすべて」といわんばかりの接し方をする親や指導者もいますが、「スコアがすべてではない」という意識下で接してはいるものの、子供の方が「スコアがすべて」と受け取っているケースもあります。
永井氏いわく、サッカーでも同様の「勝利至上主義」のケースが散見されているようです。
本の中では最もわかりやすい例として、試合中の守備の場面での出来事を挙げています。なんでも、守備の場面において、勝利の為に、指導者の指示で「ディフェンスの選手に前方にひたすらキックさせる」というものが少なくない数であるというのです。それに対し、永井氏はこう述べています。
本来サッカーのプレーでは場面場面で選手が次にどのようなプレーをすればよいか、判断を下さねばなりません。そうした瞬間の判断が繰り返される中でプレーがつながり、試合が進んでいきます。ある場面ではピンチだからボールを前方に蹴り出しても、次の場面で時間、空間に余裕があるなら丁寧にパスをつなぐ。そうしたプレーの「使い分け」を選手、各自が即興でしていかねばなりません。言い換えると、そうした作業の繰り返しの中で子供たちはサッカーのプレーの真髄を覚え、会得していくわけです。ところが、子供のようにプレーが未熟な場合、各自に考え、判断させてプレーさせると、当然、判断力の未熟さから失敗のリスクが高まります。その失敗を糧に試行錯誤していくことこそ大事なのですが、それを受け止める余裕がない指導者がいます
ゴルフの場合、ラウンド(試合)中は、基本、親や指導者が口を出すことはできませんから上記のサッカーのようなことは起こりません。しかし、練習場やコースを使っての練習では、サッカー同様、子供の「考える力を発育させる」事を邪魔している指導が散見されています。
ゴルフをはじめて間もない頃は「考えるもなにもない」状況でしょうから、指導者に言われた事を確実にこなしながら反復練習をしていくといいと思います。ある程度打てるようになってくると「こうすればこうなる」「こうなってしまうとこうなる」という事が理解できるようになってきますから、少しずつ「自分で考えて次に取り組むべきことを見つける」ことにトライしていくべきです。しかし、変わらず、考えさせることなく「もっとここをこうしよう、ああしよう」と、すぐに指導してしまう傾向にあるのがゴルフ界の現状です。
もし、スコアではなく内容を重要視させられると、「『ジュニアの試合総なめ』でも最強プロゴルファーには繋がらない?」にも書いたように「スイングプレーンの調整」や「スコアメイク術」に時間を割き過ぎるということは減るでしょう。
「結果を出させることが指導者の評価向上に繋がる」という現実
なぜ指導者が結果至上主義になってしまうのか。それに対し、本の中では「子供達に結果を出させることが、顧客である子供たちの父兄からの評価を向上させ、収入増に繋がる」ことが背景としてある、と述べています。
各スポーツのスクール事業のシステムは様々ですが、ポピュラーな料金システムは「月謝制」です。つまり、いつでもそのスクールをやめる事ができて、他のスクールへ移ったりできます。よって、指導者は、お金を払っている子供たちの父兄から信頼され続けなければいけない、ということになります。
その父兄から最も信頼を勝ち取れる方法は、できるだけ早く、子供たちを見て取れる上達をさせることです。「上手く打てるようになっている」「良いスコアでプレーできるようになっている」ということを感じさせることなのです。
そこには「考える」「判断する」といったものは介在しにくい、という現実があります。なぜならその「考える力」「判断する力」というものを育てるのは時間がかかるからです。そして、その力が育っているかどうかは、父兄からすると、とてもわかりにくいものです。
よって、指導者は「とりあえず結果を出させる」という方向性で指導を進めてしまいやすくなります。「考える力」「判断する力」が大切な事は重々理解している指導者でも、収入を得なければいけないという現実を考えた時、「分かりやすい結果」という方に舵をきってしまう事はやむをえないかもしれません。
しかし、ゴルフ界の将来を考えた時、「やむをえない問題」で済ますわけにはいかない問題ではないでしょうか。
子供たちに「結果」以外のものを大切にさせるためには、まわりの大人たちが「結果以外を見ている」と感じさせることが大切
上記の、一般的な指導者の評価の指標を「結果以外」にすることは、すぐには難しいと思います。しかし、子供達の評価を「結果以外」にすることは、そう難しいことではないように思います。本の中ではこういったバスケットボール協会の取り組みの紹介がありました。
日本バスケットボール協会独自のコンセプトとしてU-18では、男子195cm以上、女子182cm以上の選手は、技量に関わらず必ずナショナルレベルの強化選手として推薦しています。国際試合に必要な大型選手を、時間をかけてしっかり育てようとする試みです
つまり、「今上手かどうかよりも将来性を見よう」という姿勢をバスケットボール協会は示した、ということです。その結果、どうなったかどうかはわかりませんが、ゴルフ界も参考にするべき姿勢ではないでしょうか。
例えば、バスケットボールにおける身長を、ゴルフにおいて「ヘッドスピード」に置き換えた時、ヘッドスピードが最も早い選手を、スコアに関わらずゴルフ界を挙げて育てる、という姿勢です。「誰よりも長時間集中して練習してできるスタミナとメンタリティ」などを評価しようとする姿勢です。
そういう姿勢がスタンダードになり、「目の前のラウンドでスコアを出す事と、将来アスリートとして満足いくパフォーマンスを発揮することが繋がるとは限らない」という認識を一般的に広めることができると、「結果(スコア)以外」を評価する、という風潮を強める事ができるように思います。
このような内容はごく一部で、本の中ではあらゆる角度から「考えてスポーツに取り組む」事について語られています。
本では最後にこう締めくくっています。
日本のスポーツ少年がみな、心・技・体・知・理・意が備わった選手に育つよう、また、圧力に屈せず強い信念を貫ける人物に育つよう、願っています
そのためにはゴルフ界も、子供達のボールを上手に打つ力だけでなく「考える力」「判断する力」を育てられる体制が必要なのは明らかです。
「賢いスポーツ少年を育てる」は、ジュニアゴルファーと関わるすべての大人に、読んでもらいたい本です。
永井洋一著「賢いスポーツ少年を育てる」
参考価格:1,650円(税込)